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雇用の「安定」と「報酬」 [市場と経済]

日本では今に始まったことではありませんが、ここ数年世界的に物価上昇率が低下して、デフレ気味になっている、経済が好調な割に、賃金が上がらない、という現象が問題視されています。特に日本ではその傾向が顕著です。

ここに貼り付けたグラフは、ある講演会で配られた日銀作成の資料。賃金動向の統計で、特別なものではありません。示されている事実も、すでに誰でも知っていることだろうと思います。

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パート雇用の賃金上昇率(左のグラフの赤線)は、順調に拡大を続けていて、特に過去1年ほどではいわゆる正規雇用(同青線)とかなりの差がついています。通常、「所定内給与」(つまり正規雇用)の方が水準が高いでしょうから、この数年で、両者の給与水準の差が縮んできているということなのでしょう。

ここでも「二重構造」とメモしてあるのが見えますが、日本では雇用市場がこのような構造になっていて、長期雇用を重視するあまり、「所定内賃金」はなかなか上がらないのだ、という説明がなされます。多分それに異論はないと思います。

これは私流の表現をするならば、「安定」のお値段が上がっている、ということだと思います。かつては空気や水のように、あるのが当たり前であった雇用の「安定」。高度成長期、慢性的な人手不足で、雇い主である企業は給与を「安定」という形で大判振る舞いしました。それが終身雇用制。雇用市場に「安定」は豊富にあったのです。

でも今は「安定」は貴重品です。雇い主は「安定」をあまり支払いたがらない。もうそれは高価なものになったしまったのです。働き手は、「安定」で支払ってほしければ、その分現金の給与を我慢しなければならなくなりました。パートの賃金の方が「所定内給与」よりも大幅に上がる、それは循環的に生じている現象というよりも、構造的に「安定」の価格が反映されて行く過程のように、私には見えます。賃金水準は等しく上がっているのだけれど、「所定内給与」のほうは、前から持っていたのに計上されていなかった「安定」の価値を、少しずつ計上しているのです。もともと「安定」を持っていないパート労働では、賃金の上昇となって現れている。パート、というか「非正規」の働き方が一般化し、また賃金上昇率がプラスになったことで、雇用の「安定」の価値が顕在化してきた、とも言えます。

「安定」をとるか、現金で支払われる「給与」をとるか。こういう選択は既に「外資系」がメジャーな雇手として跋扈している金融業界の一部では、当たり前のことになっています。年俸制で報酬の高い外資系企業に転職すれば雇用の保証はなくなる。こういうのをトレードオフと言いますよね。こうしたトレードオフは、もっと労働市場に広く反映されるべきだと思っています。安定は要らないから高い年俸が欲しい、という選択があってもよいではありませんか。そういう働き手は、企業にとってもニーズがあると思います。「ドクターX」なんていうテレビドラマがウケるところを見ると、金融以外の業界でも、安定を捨てて高い報酬を得る、という世界は広がってきているのでしょうか。

安定と報酬のトレードオフは、投資の世界で言うリターンとリスクの関係そのものです。不確実性を受け入れるからこそ、高い収益が期待できるのです。雇用が安定していることは素晴らしいことですけれど、安定も報酬も、というのは虫が良すぎます。今後雇用情勢がさらに逼迫し、安定した雇用の給与水準も上がる日が来るだろうと思います。でもそれで問題がなくなるわけではないでしょう。安定を前提としない雇用をいつまでも「非正規」と呼び、労働市場を「安定」か、そうでないかという二つに分断し続けるのは、経済の実態に合わなくなっているように見えます。

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