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為替は単純じゃない [市場と経済]

円安が急激に進んで、巷には不安を煽るような言説も出回っています。危機感を煽るのが一部のメディアのお仕事であると言えなくもないので仕方ありませんが、為替がどのように動いても、喜ぶ人と苦しむ人が出てきます。大きく動いたからと言って、極端に悲観したり楽観したりすることは避けたいものです。

為替レートを予測するということを、私は基本的にはやらないのですが、(もちろん当たらないからです。笑)長年為替の動きを眺めてきて、為替レートはそう単純なものではない、とは自信を持って言えます。日本が良いから円が買われるとか、悪いから売られるとか、そんな簡単な話ではありません。

日本という国は今も、基本的に”お金のある国”です。もちろん将来それが続く保証はありませんが、今でも、投資すべきお金の量に対して投資先が不足気味の状態です。お金に色がついているわけではありませんが、国境を越えて行き来するお金には、日本のお金も多いはずです。日本のお金がかなり為替を動かしているということになりますね。ですから投資に回すお金を持っている日本人、多くは法人だと思いますが、彼らがどのようにお金を動かすか、想像してみると良いと思います。

今お金が国外に出て行きがちなのは、国内より海外に魅力的な投資先があるからだということに異論はありません。ただこの状況は、10年前や20年前には今よりも顕著でした。成長期待の差に変化が無かったとしても、少なくとも当時は今よりはるかに円高でしたからね。では10年・20年前と今とは何が違うのか。多分それは投資家のとれるリスクの度合いではないでしょうか。

投資の決断は、投資先の魅力だけではできません。リスクの高い投資は、自分がそれを賄えて初めて、行動に移すことができるわけです。国境を越えての投資行動は、国内への投資に比べて、間違いなくハイリスクです。

まず、為替リスクを伴います。言うまでもないことですが、円は常に下がり続けるわけではありません。投資先が物理的に遠いので、何かあっても自分で確かめに行くことは簡単にはできません。外国ですから従うべき法律も異なります。情報の量も早さも、国内より劣ります。また情報を得ようとすれば、言語が違います。言葉が分からなければ、翻訳者に多くを依存することになります。

このようなリスクを負えるということは、自身の経済状況に余裕があるということに他なりません。自分の足元が危うければ、外国に投資している場合ではないでしょう。そう考えれば、過去、日本が苦境に喘いでいる中で、円が高値を付けたということにも合点がいくのではありませんか。

円が実質的に一番高かったのはいつだったでしょう。表面的には2011年に75円台まで円高が進んでいますが、物価水準を加味した円と言う意味では、最初に80円を割れた1995年です。このころは何を買っても、アメリカのものは本当に安く見えました。

その頃の日本はバブル崩壊が進み、金融機関の抱える病巣が表面化しつつありました。この時期に、日本が素晴らしいと言って円を買う投資家はいなかったと思います。金融システムに綻びが現れ始めた日本の通貨が、どうしてあんなに高くなったのか。もちろん答えは推論でしかありませんが、余裕のなくなった企業・法人は、国内の綻びを埋めるために、資金が必要だったのではないでしょうか。また、財務的に自分の足元が危うくなれば、それまでのようにリスクをとることができませんから、外貨は円にして手元に置こうと考えるでしょう。

そんなふうに考えると円安は、資金の出し手である日本人が、リスクをとる余裕を得た現象、と言うこともできます。先述の通り、為替レートは単純に決まるものではありません。弱い円=弱い日本、という結論は、あまりにも感覚的で単純な発想です。多面的に考えるようにしたいものです。




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